なめがたヒストリー
「鴨の宮」を散策してみました
寒い日が続いていますね。
最近の天気は冬らしいと言えば冬らしいのですが、やっぱり暖かいほうが好きです。
春が待ち遠しいです…どーも、からすです!
さて、今回のなめがたヒストリーは『常陸国風土記』の行方郡の条の中に登場する鴨野について書いていこうと思います。
まず鴨野とは何か。
『常陸国風土記』の行方郡の条にこのような記述があります。
※わかりやすいように筆者が現代語訳しておきます。
国の境に行った時に鴨が飛び渡っていた。
ヤマトタケルノミコトは自分で鴨に弓を引いた。
鴨は弦を引いたととによりそこに落ちた。
よってこの場所を鴨野という。
つまり『常陸国風土記』行方郡の条の中でヤマトタケルノミコトが行幸している時に、鴨がいたので射落とし、そこの地名を鴨野というように名付けましたという話です。
この鴨野と名付けたのはヤマトタケル伝説では、1900年近く前。
『常陸国風土記』での記述でしっかりわかると考えても1300年前。
この鴨野という地名は、現在は加茂(かも)という地名に変わって残っています。
少なくとも1300年以上も前に、鴨を射落としたという伝説の地名が現在も残っているというのは、本当にすごい事だと思います。
ヤマトタケルノミコトが鴨を射落とした鴨野は、後の世に地元の人々に祀られ、「鴨の宮」として崇拝されてきました。
しかし、昭和2年に関東鉄道の建設工事のために「鴨の宮」が掘削されることになり、その姿を消します。
いくら1000年以上の時を経て守られてきた「鴨の宮」も時代の流れにはかなわなかったのですね。
しかし「鴨の宮」を大切にしてきた心は地元の人々の中に生きていました。
「鴨の宮」が姿を消して約半世紀たった昭和50年に現在の「鴨の宮」の位置に遷宮されたのです。
地元の遺称地や伝説を子ども達や後世に伝えていくために…。
本当に「鴨の宮」を復活させてくださった方々には頭が下がります。
今回は行方市でアイガモ農法でお米を作っている田宮農園さんと、茨城アイガモ水田トラストのメンバーと共に「鴨の宮」に参拝させてもらいました。
現在の「鴨の宮」は、玉造第一保育園の三叉路を上がったところにあります。

この看板が目印です!

細い道を上がっていきます。

山の頂上に鳥居が現れます。

像を見て伝説に思いを馳せます。

奥には参拝できるように祠もあります。

茨城アイガモ水田トラストのメンバーさんとお参りしました。
現在の「鴨の宮」は、地元の方々の努力により非常に手入れの行き届いた綺麗な場所です。
また、鳥居の前からの田園風景もゆっくりするには最適な場所になっています。
行方市では、遠い昔より鴨にまつわる伝説を大切にしてきました。
「鴨の宮」はそんな歴史を感じることのできる素敵な場所です。
遥か昔と現在。
鴨がたくさんいる自然と共に生きている素晴らしさ。
これからも大切にしていきたいですね(^^)
茨城アイガモ水田トラストのみなさんが、お参りの後に鴨鍋と鴨そばを食べるという事で参加させていただきました☆

行方市で採れたそば粉でそばを打ちます。

羽釜で茹でると何か特別な感じがしますね♪

完全手作りのおそば!おいしそう!

田宮農園さんの鴨肉を使います

ねぎを焼いて…

鴨ねぎのスープの出来上がり☆

とってもおいしそうな鴨そばができました!

アイガモ米を使った日本酒「笑鴨」と共に♪
茨城アイガモ水田トラストとは、完全無農薬のおいしいお米を一年かけて作るトラストです♪
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行方市と鴨の関係は現在も続いています。
鴨が元気に育つ自然が末永く続きますように☆
※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。