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行方市地域ポータル「なめがた日和」

なめがたヒストリー

【懐かしい】行方市広報紙アーカイブ【みんなで完成させよう】

~麻生町・玉造町・北浦町の広報を見られるようになりました~

久しぶりですね…実に6年ぶりの「なめがたヒストリー」となります。

 

以前書いたのが、70号の「ナーバ流し」ですからね。

 

この6年の間に筆者は色々ありまして全然更新できていませんでした。

 

また、しばらくは月1くらいの更新を目指して頑張ってみようと思います!

 

…ということで、今回は「行方市広報アーカイブ」について!!!

 

久しぶりに書いてみようと思います><

行方市広報アーカイブとは… 

 

「なめがたヒストリー」復活一発目なんですが、更新していた6年前には行方市になかったものが新しくできたので紹介しようと思います。

 

行方市広報紙アーカイブです!!!!

 

現在は行方市公式サイトで、旧麻生町・旧北浦町・旧玉造町の広報紙を年代別に見ることができます!

 

コチラ→行方市広報紙アーカイブ

 

これ、めちゃくちゃすごいページになっていまして、ただ昔の広報紙が何冊か置いてある……というレベルではありません。

 

かなり古いところまで遡れます!!

 

例えば、旧麻生町は昭和30年まで、旧北浦町も昭和30年まで、旧玉造町も昭和37年頃まで見ることができます。

 

つまり……

 

「昔の行方の人たちは、何を見て、何を考えて、何を町の課題としていたのか」

 

を、当時の行政の記録から直接見ることができるんです!!

 

これ……めちゃくちゃ面白いです><

 

例えば、今の行方市で当たり前になっているものが、

 

「いつできたの?」

 

「昔はどうだったの?」

 

「当時の人たちは何を問題にしていたの?」

 

なんてことも、広報紙を追いかけると見えてくるかもしれません…。

実際に当時の記事を読んでみよう。

 

では麻生町・北浦町・玉造町が合併して、現在の「行方市」が誕生した時期2005年(平成17年)前後の「広報あそう」「広報きたうら」「広報玉造」を見てみましょう。

 

比べやすいので旧3町の最後の広報を載せておきますね。

広報あそう 第609号(平成17年8月)

広報きたうら 第460号(平成17年8月)

広報玉造 第541号(平成17年8月)

 

この3つの町報はそれぞれ旧3町の合併へ向けての激動を垣間見ることができます。

 

「行方市へ合併協定書に調印」「『行方市』~誕生に向けて~」「閉町記念式典」など、まさに今の行方市が生まれる直前の記録が残っています。

 

「旧3町はどうやって閉町したんだっけ?」「行方市って、どうやってできたんだっけ?」と思った方は、ぜひ一度見てみてください。

広報あそう

広報きたうら

広報玉造

今回はもう一つ見てみましょうかね。

旧3町村で最も古いものに何が書いてあるのか…。

 

麻生町報 創刊号(昭和30年4月)

創刊号には、町営住宅の建設状況、新町の学校名、麻生町役場各課構成、大麻生町現勢要圖などが書かれていますね。

特に私がびっくりしたのが昭和30年の学校の記載、麻生町には中学校は5校、小学校は7校と分教場が1教室すべてが記載されていることですね。

今は旧麻生町では、中学校は1校、小学校は2校ですからね…。

旧麻生町の去年の子供の生まれた数は全部で28人…これでは学校8校はできませんからね。

子供が多い、すごい時代だったんだなと思います。 

 

北浦村報 創刊号(昭和30年8月)

創刊号には、北浦村誕生を祝しての挨拶、予算について、厚生関係、北浦村行政機構一覧などが書かれていますね。

私が驚いたのは、市役所の職員全員はもちろん、村議会議員、教育委員会、区長、消防団員、選挙管理委員、民生委員、道路改良委員、農業委員まで、全員実名公開で載っているんですね!

時代の関係もありますが、透明性が高くて素晴らしいと思います。

役職に対しての責任が見受けられますね。

 

広報たまつくり 第35号(昭和37年2月)

玉造だけ創刊号が無いので一番古いもので昭和37年の35号…こちらを見てみると、行方・鹿島両地域開発の構想、一般会計予算額が一億円を超す、定例監査報告、農業技術習得の便り、玉造地域子ども会の発展などが書かれています。

私が注目してみた記事は商工会の欄にあった「メートル法の完全実施」というところですね!

昭和37年の1月1日から旧来の尺貫法が廃止になり、メートル法が完全実施されている記事です。

「正しい秤(はかり)を選んで買いましょう。」「メートル法に早く慣れましょう。」と書いてあります。

面白いですね。

 

麻生町報

北浦村報

広報たまつくり

その時、旧3町では何があったのか…。 

 

ここからが「なめがたヒストリー」っぽいところなんですが…

 

このアーカイブでぜひ自分で色々探してみてください

 

自分の生まれた年。

子どもの頃。

親が若かった頃。

おじいちゃん、おばあちゃんが若かった頃。

昔住んでいた地域。

昔あったお店。

昔のお祭り。

昔の学校。

昔の麻生町。

昔の北浦町。

昔の玉造町。

 

広報紙を開いてみると、

歴史って、博物館に行かないと見つからないものじゃないんですよね。

 

実は、市役所のホームページの中に、ものすごい量の「昔の行方」が眠っています。

 

6年前までの私は、こういう資料を探して、図書館や文献をひっくり返しながら現地を見て「なめがたヒストリー」を書いていました。

 

でも今は、こんな便利なものがある。

 

これは使わない手はないですね><

 

ということで、6年ぶりの「なめがたヒストリー」しばらくお付き合いいただければと思います!

 

まずは皆さんも、ぜひ一度、自分の生まれた年の行方市を探してみてください♪

 

昔の麻生町・北浦町・玉造町を掘り起こして、今の行方をちょっと面白く見る。

 

そんな感じで、また始めてみようと思います!!!!

皆様にお願い、古い広報紙をお持ちの方を探しています!

 

この行方市広報アーカイブなんですが、実はまだ完璧ではありません。

 

長い年月を経るうちに、色々な原因で市役所には無くなってしまった広報が存在しているからです。

 

今回はその旧3町広報を探すのもこのなめがたヒストリーの目的としています。

 

今(2026年9月現在)、行方市で所有していないものを書き出しておきますので、もしお持ちの方が居ましたら行方市役所魅力発信課(0299-72-0811)に問い合わせていただければと思います。

 

特に広報玉造が無いものが多いので…

皆様のご協力よろしくお願いいたします!!!

 

広報あそう

171号 1969年(昭和44年)/3月
180号 1970年(昭和45年)/1月

 

広報きたうら

124号 1970年(昭和45年)/11月~1月
125号 1970年(昭和45年)/11月~1月
400号 2000年(平成12年)/8月

 

広報玉造

1-34号 1955年(昭和30年)-1962年(昭和37年)2月

36号  1962年(昭和37年)/4月

38-39号  1962年(昭和37年)/6月-7月
42号  1962年(昭和37年)/11月
100-103号 1968年(昭和43年)/6-10月
112号  1969年(昭和44年)/7月
116号  1969年(昭和44年)/11月
121号  1970年(昭和45年)/4月
125号  1970年(昭和45年)/8月
136号  1971年(昭和46年)/8月
173号  1974年(昭和49年)/9月
197号  1976年(昭和51年)/11月
236号  1980年(昭和55年)/3月
252号  1981年(昭和56年)/7月
254号  1981年(昭和56年)/9月
258号  1982年(昭和57年)/1月
262-265号  1982年(昭和57年)/5月-8月
278号  1983年(昭和58年)/9月
281号  1983年(昭和58年)/12月
284号  1984年(昭和59年)/3月
286号  1984年(昭和59年)/5月
288号  1984年(昭和59年)/7月
292号  1984年(昭和59年)/11月
331号  1988年(昭和63年)/2月
474号  2000年(平成12年)/1月
533号  2004年(平成16年)/12月

 

欠号をお貸しいただける場合の問い合わせ先

行方市役所魅力発信課(0299-72-0811

※取材時点の情報です。掲載している情報が変更になっている場合がありますので、詳しくは電話等で事前にご確認ください。

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