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なめがたヒストリー

【長年の時を経て復活】蓮城院虚空蔵菩薩の稚児行列

~地域行事の復活~

2016/02/22

暖かくなったり寒くなったり三寒四温でしょうかー春が待ち遠しいです。。。。

どーもからすです^^

さて、今回は長年の時を経て復活した蓮城院の虚空蔵菩薩の稚児行列を特集します。

蓮城院の稚児行列は今から約20年前に最後の稚児行列が行われ、その後人口減少などによってしばらくの間行われてきませんでしたが、今回復活することになり、大々的にパレードが催されました。

今回はこの行事の歴史の変遷を追いながら説明していこうと思います。

蓮城院とは…

まず、蓮城院とはどういうお寺なのかを説明します。

蓮城院とは正式には医王山東光寺蓮城院と称し、貞和2年(1346)に東範上人の開基の古刹です。

大同2年(807)に創建の寺院が大麻神社の別当職をしていたとの言い伝えがあり、その名残として大麻神社の裏手側に東光寺の地名があるので、おそらくこの寺が蓮城院の前身にあたる寺院ではないかと考えられます。

江戸時代には麻生村に千蔵院・竜蔵院・善寿院・最勝院・明覚院と、粗毛村に般若院という門徒寺を要していたと伝えられます。

明治11年(1878)に寺内に行方郡役所がおかれましたが、明治13年(1880)の麻生の街中を焼け野原にした麻生の大火で寺院の大半を焼失し、寺院の記録等を失いました。しかし、虚空蔵堂と本堂の彫刻はこの大火を逃れ現存しています。

麻生の大火による本堂焼失後もすぐに寺院は再建され、大正15年(1940)の群制廃止まで60年の長きにわたり郡役所として使用されました。

虚空蔵菩薩の稚児行列とは…

蓮城院にはかつては虚空蔵菩薩の稚児行列という行事がありました。

稚児行列は4年に1度行われ、該当の年に檀家の中で年頃5~7歳の子供たちに衣装を着させ、護摩祈祷を行った後に下淵町内を練り歩くというものでした。

今回は古写真をたくさん集めることが出来たのでいくつか紹介したいと思います。

古くより町内で愛された祭りでしたが、平成に入ってまもなくから長く行われてきませんでした。
昭和30年頃の稚児の集合写真
昭和30年頃の稚児の集合写真
昭和36年の稚児の集合写真
昭和36年の稚児の集合写真
昭和39年の稚児の集合写真
昭和39年の稚児の集合写真
昭和51年の稚児の集合写真
昭和51年の稚児の集合写真
昭和54年の稚児の集合写真
昭和54年の稚児の集合写真
平成3年の稚児の集合写真(この稚児の中に筆者はいます)
平成3年の稚児の集合写真(この稚児の中に筆者はいます)
このように地域に長く愛された祭りではありましたが長く行われてきませんでした。

この祭りが先日の2月22日に復活し盛大に催されました。

子供たちの活き活きとした姿をご覧下さい。

復活した稚児行列をご覧下さい^^

まずは行列の前に護摩を炊き上げます。
まずは行列の前に護摩を炊き上げます。
圧倒的な迫力です。
圧倒的な迫力です。
行列の前に記念撮影! おすましして撮れるかな?
行列の前に記念撮影! おすましして撮れるかな?
子供たちも緊張した面持ちで住職さんについていきます。
子供たちも緊張した面持ちで住職さんについていきます。
いよいよ稚児行列のスタートです。
いよいよ稚児行列のスタートです。
今年は特別に行列の後ろで麻生下座連の皆さんの演奏もありました!
今年は特別に行列の後ろで麻生下座連の皆さんの演奏もありました!
稚児さんたちの周りにはギャラリーもたくさんいました★
稚児さんたちの周りにはギャラリーもたくさんいました★
最後は家老屋敷で記念撮影♪
最後は家老屋敷で記念撮影♪

おわりに

いかがでしたか?

蓮城院虚空蔵菩薩の稚児行列の復活。

約20年前の最後の稚児であった筆者からすはこの復活は感慨深いものでした。

伝統文化はたとえ長らく途切れてしまっても人々の記憶にあるうちはこのように復活することも出来ます。

しかし経験した人がいなくなるともうなかなか復活することは出来ません。

大切な伝統行事…せっかく復活したのだからこれからも長く続いてほしいと願うばかりです。

●協力●
蓮城院
行方市商工会
・村田寝装