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なめがたヒストリー

【村祈祷】年の初めの家運長久祈願【加茂】

~大切に守り抜かれてきた地域文化~

2016/01/12

年明け一発目のなめがたヒストリーになります!

皆さん今年もどうぞよろしくお願いいたします!

からすです^^

今回のなめがたヒストリーは加茂地区村祈祷を特集しようと思います。

加茂地区に在する宝憧院で年の初めに行われるこの行事、朝から地区の方々が集まって大きな箱を持って地区内を巡り歩きます。

ではでは本年一発目のなめがたヒストリーをご覧下さい!

宝憧院とは…

幾多の危機を乗り越えた梵鐘です!
幾多の危機を乗り越えた梵鐘です!
まず、村祈祷の行われる宝憧院について説明したいと思います。

宝憧院とは玉造氏と強く結びついた天台宗の寺です。

永享3年(1431)に玉造氏が寄進したと言われる銅鐘が有名で、徳川斉昭が大砲を鋳造するために藩内の鐘を集めた時も、太平洋戦争で金属回収があった時も、地区の方々の尽力によって守られ幾多の困難を乗り越えて昭和35年に茨城県文化財に指定されました。

そのような素晴らしい梵鐘のある古い由緒のある寺です。

加茂地区とは…

鴨の宮におまいりするのもいいかもしれませんね♪
鴨の宮におまいりするのもいいかもしれませんね♪
古くは『常陸国風土記』に記載される土地で、ヤマトタケルノミコトが飛んでいる鴨を射落としたことから「鴨野」という地名になりました。現在この場所は「加茂」という地名になり、地区内の「鴨の宮」と呼ばれる場所にはヤマトタケルノミコトの銅像が建っています。

「鴨野」は『常陸国風土記』には「土地が痩せていて木が生えない」と記述がありますが、現在の「加茂」は田園と山林が生い茂る自然豊かな地区になっています。

村祈祷について…

村祈祷はかつては1月18日に行われる行事であったということですが、現在は休日を利用し日にこだわらなく年始めに行う行事となりました。

この行事は大般若経が六百巻納められた経櫃という大きな箱の上に米やおひねりを集めながら、加茂地区の各家々を練り歩き大般若経のご加護があると言われる家運長久の札を配る行事です。

かつては大宮神社で護摩法要を行い世帯主が経櫃を担ぎ出していたのですが、宝憧院が加茂地区に移ってからは経櫃の担ぎ出しは寺で行うこととなり、集落の若い衆が担ぐこととなりました。

各家々を練り歩き大般若経の札を配り終えると宝憧院に戻り、梵鐘を2回撞いて行事は終了となります。

現在は加茂地区のみで行われる行事ですが、かつては村祈祷行事は3グループに分かれ、「高須・富士坂・泉」、「上宿・川向・下宿・柄貝・諸井」、「加茂・里・内宿・横町」でも練り歩きが行われていたそうです。

大般若経のお札を配り、各家々は門戸にその札を貼り今年一年の安寧を祈ります。また大型の札も4枚用意し、地区の四辻に立て魔除けとします。
経櫃の中に入る大般若経のすべてです。
経櫃の中に入る大般若経のすべてです。
全部で六百巻あります。圧巻のお経です。
全部で六百巻あります。圧巻のお経です。
大般若経の入る経櫃です。重そう…
大般若経の入る経櫃です。重そう…
各家々ではお米とおひねりを用意しており、経櫃に入れていきます。
各家々ではお米とおひねりを用意しており、経櫃に入れていきます。
たくさんの家々を回るのでどんどん経櫃の重さが増していきます。
たくさんの家々を回るのでどんどん経櫃の重さが増していきます。
村祈祷ではこの2種類の札が使用されます。
村祈祷ではこの2種類の札が使用されます。
各家々に配る札は
奉転読大般若六百軸家運長久祈所

四辻に立てる札は
大般若御祈祷之札

とあります。
大般若経の力を利用した札になりますね!
大きい札は四辻の地面に指して使用します。
大きい札は四辻の地面に指して使用します。
小さい札は門戸に貼って使用します。
小さい札は門戸に貼って使用します。
各家々を回って集めたお米は村祈祷が終わる頃には経櫃の上にいっぱいになっています!
各家々を回って集めたお米は村祈祷が終わる頃には経櫃の上にいっぱいになっています!
宝憧院に帰って鐘を2回撞いて村祈祷の終了です☆
宝憧院に帰って鐘を2回撞いて村祈祷の終了です☆
加茂地区の村祈祷は地区の伝承によると何百年も続いている行事ということです。

かつては周辺の地区でも行っていた行事ですが現在は加茂地区だけで行われる行事となりました。

加茂地区の皆さんが村祈祷を現在も行われているように、私たちも先人たちの意思を引き継ぎ次世代へ伝えることの重要さを認識しなければなりません。

自らの住む地区の文化を次世代に繋げる。地方に住む私たちにとって難しいことだとは思いますがこれこそ地域のまとまりを創る上で非常に重要なことであると思います。

村祈祷行事はこれからもずっと子々孫々に至るまで続いてほしい行事ですね。

今回取材でお世話になりました宝憧院御住職、加茂地区区長並びに加茂地区の皆様ありがとうございました!

今年もなめがたヒストリーはなめがたの歴史についてどんどん語っていきます♪

参考文献

・鼓乙音「村きとう」
・舘亮恭「村祈祷について」(玉造郷土文化研究会『玉造史叢』53集 2009)
・玉造町史編さん委員会『玉造町史』(玉造町役場 1985)